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Case Study

ブランドリニューアルの難しさを考察 アサヒスーパードライのブランドリニューアル【後編】

投稿日:2022年4月28日 更新日:

この流れについて、フレームワークにて表してみます。用いるのは、前編で解説したコトラーの4つのブランド戦略です。

既存の製品カテゴリーと既存のブランドが陳腐化したことを受けて、新規カテゴリーで新規ブランドを確立させるために、マークⅡからマークXという新ブランドを立ち上げたというところでしょう。

これは結果として一時的な成功を生みましたが、かつての栄華を取り戻すことは難しく、最終的には新ブランドも消滅することとなりました。

ここまでは自動車業界を見てきましたが、フルリニューアルに関してはビール業界でキリンビール社のラガービールのフルリニューアルという先行事例も存在します。

現在のキリンビール社の主要商品は「一番搾り」ですが、それ以前は「キリンラガービール」が主要商品でした。

キリンラガービール

(キリンビール社 キリンラガービール紹介ページ)

なぜ、キリンビール社の主要商品が入れ替わったのかというと、それはキリンラガービールのフルリニューアルによって、顧客離れが発生したことが関係しています。

キリンラガービールは1888年に誕生した「キリンビール」の味や伝統を受け継いだビールです。1988年に「キリンラガービール」に改名していますが、風味は以前の良さを踏襲している商品でした。

そのキリンラガービールも、転機を迎えます。それが、今回フルリニューアルを行った「アサヒスーパードライ」の発売です。

キリンラガービールは重めのコクを重視した味わいの強いビールでしたが、スーパードライは風味が軽めで爽やかであり、味わいのキレの良さが特徴で大ヒットしました。日本のビール業界の時流を変えて世代交代を告げるような商品となり、ビール業界の開発商品自体が大きく転換することになったのです。

これを機会にキリンラガービールはアサヒスーパードライに販売競争で追いつかれる可能性が高まってきていました。

ここでキリンビール社は、1996年にそれまでの“コクを重視したキリンラガービール”から、“軽快なキレを重視したキリンラガービール”にフルリニューアルを決断し、それを実行に移しました。

しかし、それまでの固定客はこのフルリニューアルに反発し、一斉に顧客離れを起こしてしまいます。そして遂に1997年にアサヒスーパードライがキリンラガービールを追い抜くという事態を招いてしまいました。

その後もキリンラガービールは苦戦が続き、それを受けて2001年に従来のキリンラガービールを「キリンクラシックラガービール」として再発売しました。これによって、ようやく以前の固定客も一部は戻ってきましたが、主要商品としての立場は一番搾りに譲る結果となってしまったのです。

この状況を、フレームワークで表してみます。用いるのは、アンゾフのマトリクスです。

キリンラガービールは、フルリニューアルの際に固定客を誘導することができず、アサヒスーパードライを好む若年層を取り込みに動いたものの、既存の固定客の減少が激しすぎて、結果として顧客全体の減少に至ったということが考えられるのではないでしょうか。

ただ、キリンビール社はこの一件から多くの学びを得て、現在は非常にマーケティングに強い会社になったと言われています。

2012年からはキリンビールマーケティング社という専門会社も設立され、2020年には11年ぶりにアサヒビール社から首位を奪還するという成果を生み出しました。

この関係性について、フレームワークで表してみます。用いるのは、コトラーの競争地位4類型です。

皮肉にも、かつてチャレンジャーとしてフルリニューアルに挑んだキリンビール社と同じ立ち位置に、現在のアサヒビール社は立っていることになります。

発売当時は業界を変える画期的な商品であったアサヒスーパードライですが、昨今はクラフトビールや外国製ビールなどビールの多様化によって、独自性が色あせつつあります。

そのような中で、現在はクラフトビールなどの時流を取り込んだマーケティングに強い商品作りを得意とするキリンビール社に逆転された上で、アサヒビール社は主要商品であるアサヒスーパードライのフルリニューアルに挑むことになりました。

これは、かつてのキリンビール社がアサヒビール社に追われてキリンラガービールのフルリニューアルに取り組んでいた状況と、非常に似通った状況であると感じます。

アサヒビール社も2021年に生ビールタイプの「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」や、「アサヒ生ビール」を販売してヒットを飛ばすなど、依然としてマーケティングには強みを持つ企業です。だからこそ、簡単に顧客離れを起こすような真似はしない対策をとっているはずです。

しかしながら、フルリニューアルは顧客にとっては重要であるため、一時的な顧客離れを起こす可能性が当然にあり得ます。

だからこそ、アサヒスーパードライは既存の固定客を守りながら新規需要を取り込むという、二軸の方向性を追わなくてはなりません。

現在は感染症問題で顧客との接点作りが難しい中ですが、デジタルマーケティングを駆使してLINEやスマホでのポイントキャンペーンを用いて顧客との接点確保に取り組むなど、流石のマーケティング巧者ぶりが際立っています。

だからこそ、新しさの訴求と同時に、既存の味わいを愛する固定客へのフォローが、これからのアサヒビール社の課題となるかもしれません。

そして、ここをきちんと押さえることができれば、今回のアサヒスーパードライのフルリニューアルは成功したということになるでしょう。

今回のアサヒビール社の「アサヒスーパードライ」のフルリニューアルは、主要商品のブランドリニューアルの際に参考となる事例になるのではないでしょうか。

 

 

 

 


■武川 憲(たけかわ けん)執筆

一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパート認定トレーナー
株式会社イズアソシエイツ シニアコンサルタント
MBA:修士(経営管理)、経営士、特許庁・INPIT認定ブランド専門家(全国)
嘉悦大学 外部講師

経営戦略の組み立てを軸とした経営企画や新規事業開発、ビジネス・モデル開発に長年従事。国内外20強のブランド・マネジメントやライセンス事業に携わってきた。
現在、嘉悦大学大学院(ビジネス創造研究科)博士後期課程在学中で、実務家と学生2足のわらじで活躍。
https://www.is-assoc.co.jp/branding_column/

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