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【オープンイノベーション】なぜ日本は「共創」に乗り遅れたのか?

投稿日:2026年3月28日 更新日:



企業の持続的な成長とブランド価値の向上を考える際、もはや無視できないキーワードとなった「オープンイノベーション」。本記事では、その本質からブランディングへの影響、そして具体的な成功事例までをプロの視点で紐解いていきます。

境界を越え、共創を加速させる「オープンイノベーション」の本質

オープンイノベーションとは、自社のリソースに閉じこもらず、社外の技術、アイデア、データ、さらには顧客のインサイトまでをも融合させ、新たな価値を創出する経営戦略を指します。

2026年現在、この概念は単なる「手法」から、企業の持続可能性を支える「OS(基盤)」へと進化を遂げました。特に顕著なのが、**「フィジカル(実体経済)とデジタル(AI・データ)の融合」**というトレンドです。製造業がAIスタートアップと組み、熟練工の技をデジタルツインで再現するといった、一社では成し得なかった「知の結合」が、市場のルールを塗り替えています。

かつての日本企業が守り抜いた「自前主義(クローズドイノベーション)」は、高品質な製品を生む原動力でしたが、情報の流れが速い現代では、むしろ孤立を招くリスクとなりました。外部の知見を「借りる」のではなく、互いの強みを「掛け合わせる」ことで、1+1を10にも100にもしていく。これこそが、激変する市場を生き抜くための不可欠な作法なのです。

なぜ今、世界はオープンイノベーションに熱狂するのか

なぜ今、世界中でこれほどまでにオープンイノベーションが重視されているのでしょうか。その背景には、もはや一社のスピード感では追いつけないほどの、劇的な環境変化があります。

■AIによる開発サイクルの極端な短縮
生成AIの普及により、製品やサービスのプロトタイプ作成速度が飛躍的に向上。数年単位の長期開発は、市場に出る前に陳腐化するリスクを孕むようになりました。

■社会課題の巨大化と複雑化
脱炭素(カーボンニュートラル)や循環型経済(サーキュラーエコノミー)といった課題は、一企業の努力だけで解決できる規模を超えており、異業種連携が必須となっています。

■海外と日本の「浸透度の差」とその理由
シリコンバレーや北欧では、「失敗を前提とした高速試行」を支えるスタートアップ・エコシステムが成熟しており、大企業は彼らを「競合」ではなく「外部のR&D部門」として活用しています。一方、日本で導入が遅れた理由には、以下の3つの壁が存在していました。

・「納品文化」の弊害: 外部パートナーを「共創相手」ではなく「下請け」として扱う、垂直分業的な商慣習。
・厳格すぎる社外秘制度: 機密保持に数ヶ月を要し、スピード感を削いでしまう硬直した法務プロセス。
・減点方式の評価制度: 外部との連携に伴うリスクを恐れ、前例のない挑戦にブレーキをかけてしまう組織風土。

しかし、2020年代後半に入り、日本でも**「ISO 56001(イノベーション・マネジメントシステム)」**の認証取得を目指す動きなど、組織的に共創を管理する仕組みが整い始めました。ようやく「自前主義の限界」を認め、世界と戦うための「開かれた武器」として、オープンイノベーションを選択する企業が急増しています。

なぜ日本は「共創」の波に乗り遅れたのか。立ちはだかる3つの壁

海外、特に北欧やシリコンバレーでオープンイノベーションが「当たり前の生存戦略」となっている一方で、日本が長らく後塵を拝してきたのはなぜでしょうか。そこには、日本企業特有の成功体験が皮肉にも「呪縛」となってしまった背景があります。

■「自前主義」という過去の栄光
高度経済成長期、垂直統合型のモデルで高品質な製品を生み出し続けた結果、「自社でゼロから作ることこそが正義」という文化が根付きました。この成功体験が、外部の技術を「異物」として排除してしまう心理的バイアスを生んだのです。

■リスクを許容しない「減点方式」の組織風土
海外では、10のプロジェクトのうち1つが成功すれば良しとする「打席に立つ数」を重視する文化があります。対して日本は、失敗を過度に恐れる傾向が強く、不確実性の高い外部連携に対して、数年先の収益性を厳格に求める「加点ではなく減点」の評価軸がブレーキとなってきました。

■法務・知財戦略の硬直化
「技術流出」を恐れるあまり、秘密保持契約(NDA)の締結だけで数ヶ月を要し、スタートアップのスピード感を殺してしまうケースが多々見られました。また、知財の権利配分において「100対0」の自社所有を求める姿勢が、対等なパートナーシップの構築を阻んできたことも大きな要因です。

しかし、近年では既存事業の延長線上には未来がないという危機感が広がり、こうした組織的な壁を破壊しようとする「出島(既存組織から切り離された特区)」を作る動きが加速しています。

コーポレートブランディングを劇的に変える「共創のレバレッジ」

オープンイノベーションは、単なる技術獲得の手段ではありません。それは、企業のブランド価値を「独占的な強者」から「魅力的な共創者」へと進化させる、究極のブランディング戦略です。以下の5つの視点が、そのブランド価値を最大化させます。

■「変革への意志」を可視化するメッセージング
自社の既存リソースとは異なる異業種やスタートアップと組む事実は、「この企業は過去を捨てて未来へ向かおうとしている」という強力なシグナルになります。これにより、停滞感を払拭し、成長への期待感をステークホルダーに抱かせます。

■「社会課題(パーパス)」へのコミットメントの証明
環境問題や少子高齢化といった巨大な課題に対し、「一社では限界があるからこそ、最高のパートナーと挑む」という姿勢は、ブランドに「誠実さ」と「謙虚さ」という新しい魅力を付与します。

■エコシステムにおける「ハブ」としての地位確立
「あの会社と組めば、新しい扉が開く」という評判は、ブランドに無形の資産をもたらします。優秀なベンチャーや才能ある学生が集まる「情報のハブ」になることで、広告費をかけずともブランドの権威性が高まっていきます。

■インナーブランディング:社員の誇りの醸成
外部の尖った才能と協業することは、社員にとって大きな刺激となります。「自分たちは世界を変えるプロジェクトに関わっている」という実感は、エンゲージメントを高め、優秀な人材が定着する強い組織ブランドを作ります。

■「ストーリー」の多層化によるファン獲得
自社製品のスペックだけでなく、「開発の裏側にあった異文化の衝突」や「パートナーとの苦労の末の結実」といったストーリーは、消費者の感情に深く刺さります。機能的価値を超えた「情緒的な繋がり」をブランドにもたらすのです。

未来を切り拓く、オープンイノベーションの先駆的な5つの事例

実際にオープンイノベーションによって新たな価値を創出し、ブランド力を高めている事例を紹介します。

トヨタ自動車:未完成の街「Woven City」にみる、モビリティの再定義

トヨタが静岡県裾野市に建設を進めている「Woven City(ウーブン・シティ)」は、究極のオープンイノベーションと言えます。

■具体的な取り組み
東京ドーム約15個分という広大な土地に、自動運転、パーソナルモビリティ、ロボット、AI、スマートホームといった先端技術を導入し、実際に人々が暮らす中で検証を行う「リビングラボ(生きた実証実験場)」を構築。世界中のパートナー企業や研究者に対して、この場への参画を広く呼びかけています。

■ブランディングへの貢献
「車を作る会社」から「移動に関するあらゆるサービスを提供するモビリティ・カンパニー」への変革を、言葉だけでなく物理的な空間として具現化。未来を自ら創るリーダーとしての地位を世界に示し、世界中から高度なIT人材やパートナーを惹きつける磁力となっています。

サントリー:プラスチック再資源化とスタートアップへの戦略投資

サントリーは、自社の課題解決を外部の専門技術と掛け合わせることで、サステナビリティをブランドの核へと昇華させています。

■具体的な取り組み
米国のバイオ化学ベンチャーであるアネロテック社と共同で、植物由来原料100%のペットボトル開発に成功。さらに国内では、異業種12社と共にプラスチック再資源化の技術開発を行う新会社「株式会社アールプラスジャパン」を設立し、循環型社会の構築を主導しています。

■ブランディングへの貢献
「水と生きる」というブランドメッセージを、単なるスローガンに留めず、具体的な技術革新によって証明。「環境負荷の低い選択をしたい」という消費者の共感を獲得し、ESG投資家からも高い評価を受ける企業ブランドを確立しました。

メルカリ:「mercari R4D」が描く、技術による信頼の構築

メルカリの研究開発組織「R4D」は、社会実装を前提としたオープンイノベーションを推進しています。

■具体的な取り組み
東京大学をはじめとする学術機関との共同研究を活発に行っており、ブロックチェーンを活用した価値交換の仕組みや、AIによる偽造品検知など、フリマアプリの信頼性を支える基盤技術を開発。研究成果を自社に閉じ込めず、学会発表やオープンソース化を通じて社会に還元する姿勢を貫いています。

■ブランディングへの貢献
「ITサービスの会社」という枠を超え、社会基盤を支える「テック企業」としてのプレゼンスを確立。アカデミアとの連携を強調することで、技術力の高さと透明性をアピールし、ユーザーへの安心感というブランド資産を積み上げています。

慶應義塾大学:知の開放による「産学連携エコシステム」

大学という「知の集積地」が、企業の課題解決を加速させるハブとして機能している事例です。

■具体的な取り組み
慶應義塾大学イノベーション推進本部を中心に、企業との共同研究からベンチャー創出までを一気通貫で支援。学内の研究成果を特許化して企業にライセンス供与するだけでなく、スタートアップとのマッチングや、学生起業家への資金・ノウハウ提供を組織的に行っています。

■ブランディングへの貢献
「実学の精神」を現代のビジネスシーンで体現。社会に開かれた大学としてのブランドを強化し、意欲的な学生や、イノベーションを求める先進的な企業が常に集まるプラットフォームとしての地位を固めています。

富士フイルム:技術を「素材」に変える「Open Innovation Hub」

自社技術の棚卸しと、外部ニーズの徹底的なマッチングにより、事業の多角化に成功しています。

■具体的な取り組み
写真フィルムで培った「コラーゲン技術」や「ナノ化技術」など、多種多様な基盤技術を可視化。それらをパートナー企業に公開し、「この技術を自社の課題にどう使えるか」を直接対話しながら模索する拠点を世界各地に設置しました。ここから、化粧品事業(アスタリフト)や再生医療などへの飛躍的な転換が生まれました。

■ブランディングへの貢献
「衰退産業からの鮮やかな復活」という強烈なストーリーは、世界中で高い評価を得ています。過去の成功に固執せず、自社技術を客観的に見つめ直し、パートナーと共に新しい価値を探る「柔軟で粘り強い企業」というブランドイメージを確立しました。

共創の意志が、ブランドの未来を規定する

かつて企業の強さは、自社の中にどれだけ多くの技術を囲い込み、秘密を守り抜くかという「独占の力」で測られていました。しかし、情報の境界線が消滅しつつある現代において、その指標は劇的な変化を遂げています。いま、真に強い企業として定義されるのは、自らの限界を認め、外部の才能に敬意を払い、共に高みを目指すことができる「繋がる力」を持つ組織です。

オープンイノベーションは、単なる効率化やコスト削減のための経営手法ではありません。それは、変化を恐れず、未知の可能性に賭けるという、企業の「生き様」そのものです。この開かれた姿勢が社内外のステークホルダーに伝播したとき、ブランドは単なる製品の識別記号を超え、人々が共に歩みたいと願う「旗印」へと進化します。

自前主義という心地よい殻を脱ぎ捨て、外部との化学反応を愉しむ。その一歩を踏み出した瞬間から、貴社のブランドは、まだ見ぬ未来を牽引する主役としての物語を紡ぎ始めることになるでしょう。

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■千田 新(ちだ あらた)執筆
クリエイティブディレクター・コピーライター

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社会的「ひずみ」を「神話」へ:ダグラス・ホルト教授が提唱する「文化的ブランディング」とは?

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なぜ、機能で勝っても「ブランド」で負けるのか?

製品のスペック競争が限界を迎え、あらゆるサービスが同質化する現代。顧客が選ぶ基準は「役に立つか」から「自分の生き方を代弁してくれるか」へと劇的に変化しています。本記事では、オックスフォード大学のダグラス・ホルト教授が提唱した**「文化的ブランディング(Cultural Branding)」**を徹底解説します。

従来のマーケティングが「認知度」を競うものだったのに対し、文化的ブランディングは社会の「ひずみ」を読み解き、人々の不安を解消する「神話(ストーリー)」を提示する戦略です。パタゴニアやダヴといった世界的アイコンが、いかにして消費者の単なる「支持」を超えた「熱狂」を生み出しているのか。そのメカニズムと、CBO(最高ブランディング責任者)が実践すべき4つのステップを紐解きます。

時代の寵児、ダグラス・ホルト教授とは何者か

現代ブランディング理論の最高峰と目されるダグラス・ホルト(Douglas Holt)教授。彼は、ハーバード・ビジネス・スクールやオックスフォード大学といった世界屈指の教育機関で教鞭を執り、マーケティング界に「社会学的視点」を持ち込んだ革命児として知られています。

ホルト教授が提唱した理論の画期的な点は、従来の**「マインド・シェア型」マーケティングへの痛烈な批判**から出発していることです。彼によれば、競合他社よりも優れた機能(ベネフィット)を訴求し、顧客の脳内の第一想起を奪い合う従来の手法は、もはやコモディティ化した現代市場では通用しません。

教授は、ブランドを単なる「製品の識別記号」ではなく、社会的な**「象徴(アイコン)」**へと進化させるプロセスを体系化しました。著書『How Brands Become Icons(邦題:ブランド・アイコン)』は、コカ・コーラやハーレーダビッドソンといった世界的ブランドが、いかにして特定の時代の「文化的な救い」となったのかを解き明かし、実務家たちのバイブルとなりました。現在は、自ら設立した「Cultural Strategy Group」を通じて、グローバル企業の戦略顧問としてその理論を社会実装し続けています。

文化的な「ひずみ」が、ブランドに熱狂的な命を吹き込む

文化的ブランディングにおいて最も重要なプロセスは、世の中の「当たり前」の中に潜む小さな違和感、すなわち**「カルチュラル・テンション(文化的緊張)」**を特定することです。

社会を支配する強力な価値観(イデオロギー)が、人々の実生活や本音と乖離したとき、そこには巨大な「ひずみ」が生じます。このひずみに苦しむ人々に対し、ブランドが「新しい生き方の正解」を提示したとき、そのブランドは単なる商品を超え、救済の象徴(アイコン)へと昇華されます。

現代のビジネスシーンにおいて、特に注目すべき5つの「ひずみ」を深掘りしてみましょう。

■「効率とスピード」vs「余白の再発見」
・支配的価値観:タイパ(タイムパフォーマンス)を追求し、1分1秒を無駄にしないことが「有能」の証。
・生じているひずみ:常に通知に追われ、精神的な余裕を失った人々が抱く「あえて遠回りしたい」「ただ没頭したい」という根源的な渇望。

■「自己責任と競争」vs「無条件の受容」
・支配的価値観:市場価値を上げ続け、勝ち残らなければ居場所はないという強迫観念。
・生じているひずみ:絶え間ない「評価」への疲れ。弱さをさらけ出しても許されるコミュニティや、自分を肯定してくれる「居場所」への切実な欲求。

■「理想の標準化」vs「身体のリアリティ」
・支配的価値観:SNSで加工された、非現実的なまでに完璧な容姿や生活こそが「正解」。
・生じているひずみ:作られた理想に届かない自分への嫌悪感。ありのままの自分(ボディ・ポジティブ)を「美しい」と言い切ってくれる勇気ある代弁者への期待。

■「使い捨ての豊かさ」vs「倫理的な誇り」
・支配的価値観:安く、早く、新しいものを次々と手に入れることが消費者の権利。
・生じているひずみ:その便利さの裏側にある環境破壊や搾取への潜在的な罪悪感。「良いことをしている」という実感を伴う、誇り高い選択肢への飢え。

■「機能的な所有」vs「物語の共有」
・支配的価値観:スペック(性能)の高いモノを所有し、他者との差異化を図る。
・生じているひずみ:モノが溢れた結果、スペックの差では心が動かなくなった空虚さ。その製品が「なぜ生まれたのか」という物語や、作り手との繋がりに価値を見出す感性の変化。

これらの「ひずみ」は、言い換えれば**「時代の未解決課題」**です。CBOの使命は、自社のドメインにおいてどのひずみが最も深刻化しているかを見極め、そこに対して「独自の回答」を提示することにあります。

文化的ブランディングの本質:社会の「ひずみ」を救済する神話

「文化的ブランディング」の真髄は、製品のスペックや「なんとなくの好意」を売ることではありません。それは、前段で述べた社会の**「文化的断絶(カルチュラル・ディスラプション)」という傷口に対し、人々の不安を解消し、進むべき道を示すストーリー、すなわち「アイデンティティ神話」**を処方することを指します。

私たちが生きる社会には、常に時代を支配するイデオロギー(支配的な価値観)が存在します。しかし、時代の変化とともに、その価値観と個人の実感との間にズレが生じます。この「ひずみ」の中に置かれた人々は、「自分はどう生きるべきか」「今のままでいいのか」という根源的な不安を抱えています。

■顧客は「機能」ではなく「意味」を身にまとう
文化的ブランディングは、この違和感をいち早く言語化し、新しい生き方の指針(神話)を提示します。顧客は製品を購入し、そのブランドを利用することで、ブランドが掲げる新しい価値観を支持し、自身のアイデンティティを補完します。

単なる「道具」としてのブランド:喉が渇いたから、この飲み物を買う(機能的価値)。

「象徴(アイコン)」としてのブランド:このブランドを手に取ることで、「私は環境に配慮し、本質を大切にする人間だ」と自分自身と社会に証明する(文化的価値)。

■CBOが描くべき「救済のシナリオ」
ブランドが提供する「神話」は、顧客を主人公とした物語でなければなりません。社会が押し付ける「古い正解」に苦しむ主人公(顧客)に対し、ブランドは「そのままでいい」「別の道がある」と語りかける賢者(メンター)として現れます。

このように、ブランドが社会的な葛藤に対する「回答」を提示したとき、それはもはや競合他社とのスペック比較の土俵から完全に脱却します。顧客にとってそのブランドは、**「自分の生き方を肯定してくれる唯一無二のパートナー」**へと昇華されるのです。

文化的ブランディングを成功に導く4つの核心的ポイント

戦略を構築する際、単なるイメージアップに終始しないためには、以下の「文化的視点」を堅持することが不可欠です。これらは、ブランドを「象徴(アイコン)」へと押し上げるための絶対条件となります。

■「マインド・シェア」から「カルチャー・シェア」への転換
従来は「喉が渇いたらコカ・コーラ」という想起の速さ(マインド・シェア)を競ってきました。しかし、文化的ブランディングでは「この価値観ならこのブランド」という、特定の文化圏における占有率(カルチャー・シェア)を狙います。競合よりも「目立つ」ことではなく、顧客にとって「意味がある」存在になることを優先します。

■「サブカルチャー」や「インフルエンサー」の源泉を掴む
流行の最先端や、社会の矛盾に最も敏感なのはマジョリティ(大衆)ではありません。既存のイデオロギーに違和感を抱き、新しいライフスタイルを模索している「サブカルチャー(周辺文化)」の中にこそ、次世代の神話の種が隠れています。CBOは、統計データ以上に、こうした先駆的な集団の「声なき声」に耳を傾ける必要があります。

■歴史的文脈(タイミング)の必然性
どんなに優れた物語も、時代背景と合致していなければ響きません。そのブランドが掲げるメッセージが、今の社会情勢において「なぜ今、必要なのか」という歴史的な必然性を持っているか。時代の空気感(ゼイトガイスト)を捉える洞察力が、戦略の成否を分けます。

■「オーセンティシティ(誠実さ)」の貫徹
最も警戒すべきは、表面的な「文化への便乗(カルチャー・ジャッキング)」です。掲げるイデオロギーと、実際の企業行動、サプライチェーン、組織文化が一致していなければ、現代の鋭敏な消費者に見透かされ、激しい炎上を招きます。文化的なリーダーシップには、退路を断つほどの「一貫性」が求められます。

これらのポイントは、ブランドの「格」を決めるチェックリストでもあります。自社のブランドが、単なる「便利な道具」に甘んじているのか、それとも「時代の旗手」を目指しているのかを問い直す契機となるはずです。

文化的ブランディングを具現化する4つの戦略的ステップ

文化的ブランディングは、クリエイティブな直感だけに頼るものではありません。社会学的な洞察と、緻密な戦略設計の積み重ねによって構築されます。CBOが舵取りをすべき、実践的なステップは以下の通りです。

ステップ1:支配的イデオロギーの特定と「矛盾」の抽出

まず、自社が属する業界や市場を支配している「古い常識(イデオロギー)」を言語化しましょう。
例えば、日本のBtoB製造業において、長らく「高品質・低価格・短納期」が絶対的な正解でした。しかし、その裏側で働く人々の疲弊や、環境負荷の増大といった「矛盾」が限界に達しています。この**「既存の正解がもはや通用しなくなっているポイント」**を冷徹に見極めることが、すべての出発点となります。

ステップ2:文化的な隙間(カルチュラル・ギャップ)の探索

次に、人々が潜在的に抱いている「本当はこうありたい」という欲求を探ります。
ここでは、一般的な市場調査(アンケートなど)の結果よりも、SNSの隅で囁かれる微細な不満や、既存のルールを無視して活動する「エッジ(周辺)」にいる人々の動向に注目します。統計データには現れない、個人の深い実感を伴う**「文化的な空白地帯」**を見つけ出す洞察力が求められます。

ステップ3:救済のための「アイデンティティ神話」の構築

特定したギャップを埋めるための、新しいストーリーを構築します。
この物語において、製品は「主役」ではなく、顧客が理想の自分や社会に近づくための旅を支える**「魔法の道具(イネーブラー)」**でなければなりません。ブランドが「今のままの競争に疲れたなら、こちらへおいで」と、新しい生き方の指針(神話)を提示することで、顧客との間に強固な心理的契約が結ばれます。

ステップ4:文化的なリーダーシップの完遂

構築した神話を、あらゆる顧客接点に一貫させます。
広告のキャッチコピーだけでなく、製品のデザイン、カスタマーサービス、さらには企業の採用活動やサプライチェーンの選定に至るまで、掲げたイデオロギーを体現し続けなければなりません。時には、**「この価値観に合わない顧客や利益は追わない」**という断固たる拒絶の姿勢を示すことも、ブランドのオーセンティシティ(誠実さ)を守るためには必要です。

文化的ブランディングを体現する3つの先駆的企業事例

これら3社に共通するのは、単に「良い製品」を作っていることではなく、ある特定の文化的な価値観を代表する「リーダー」として振る舞っている点です。

1. パタゴニア(Patagonia):反消費主義という聖域

パタゴニアは、「消費こそが経済を回し、豊かさを生む」という支配的イデオロギーに対し、真っ向から「責任ある消費」という対抗文化を提示しました。
特に、ブラックフライデーに掲載された「このジャケットを買わないで(Don’t Buy This Jacket)」という全面広告は、自社の売上よりも環境負荷の低減を優先するという、強烈なステートメントでした。彼らは、大量消費社会に罪悪感を抱く層に対し、「長く使い、修理して着続ける」という新しいアイデンティティ神話を提供し、単なるアパレルメーカーを超えた「環境守護者」としての地位を確立しました。

2. ダヴ(Dove):美の民主化と自己肯定の物語

美容業界を支配していた「若く、痩身で、完璧なモデルのような美しさ」という古い神話は、多くの女性に自己嫌悪という「ひずみ」を生んでいました。
ダヴはこの断絶に着目し、「リアル・ビューティ(ありのままの美しさ)」キャンペーンを展開しました。広告に起用されたのはプロのモデルではなく、多様な体型、年齢、肌の色を持つ「普通」の女性たちでした。美を「他者との比較」から「自己の肯定」へと書き換える神話を提示したことで、ダヴは世界中の女性から深い信頼を寄せられるパートナーとなったのです。

3. ナイキ(Nike):信念のための闘いと連帯

ナイキは、個人の能力や勝利を称賛するスポーツブランドの枠を超え、現代社会の分断や不平等に対する「正義の代弁者」へと進化しました。人種差別への抗議として国歌斉唱中に膝をついたコリン・キャパニック選手を広告に起用した際、不買運動すら起きましたが、ナイキは「何かを信じろ。たとえすべてを犠牲にしても」と説きました。このスタンスは、社会正義を重んじる若年層(Z世代など)に対し、「信念を貫く生き方」という強烈なアイデンティティ神話を提供し、ブランド価値を飛躍的に高める結果となりました。

CBOが担うべき「文化の編集者」という使命

ダグラス・ホルト教授が提唱する「文化的ブランディング」は、単なる一過性のトレンドやマーケティングの手法ではありません。それは、製品の機能差が消滅し、情報が飽和した現代において、企業が生き残るための唯一の「聖域」とも言える経営戦略そのものです。

■「役に立つ」から「意味がある」へ
顧客は今、単に「便利なもの」を求めているのではありません。目まぐるしく変化し、分断が進む社会の中で、「自分はどう生きるべきか」を肯定し、指針を示してくれる存在を渇望しています。ブランドがその「ひずみ」に寄り添い、新しい「神話」を提示できたとき、顧客との間にはスペックや価格を超越した、揺るぎない絆が生まれます。

経営の舵取りとしてのブランディング

この戦略を成功させる鍵は、CBOの「編集力」にあります。

社会を観測する:統計データに現れない、人々の微細な違和感やサブカルチャーの動向を読み解く。
スタンスを決める:八方美人の看板を捨て、自社がどの文化の旗手として立つのかを断固として決断する。
一貫性を監視する:掲げた神話と、実際の企業活動が乖離していないか、組織の隅々まで目を光らせる。

特に、これまで「技術」や「信頼」を武器にしてきた日本のBtoB企業こそ、この視点が必要です。なぜなら、意思決定を行う担当者もまた、一人の人間として「社会の矛盾」を感じ、意義のある取引、誇りを持てるパートナーを求めているからです。

自社のブランドは、どのような社会のひずみを救い、どのような「神話」を人々に提供できるでしょうか。デザインを変える前に、まずは「社会との対話」から始めてください。その一歩が、時代を超えて愛される「アイコン・ブランド」への確かな道標となるはずです。

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※一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会公認
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■千田 新(ちだ あらた)執筆
クリエイティブディレクター・コピーライター

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