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Case Study

印刷会社の2つの変革事例~MSPとBPO~

投稿日:2020年7月20日 更新日:

前回のコラム「印刷会社が進むべき16の事業領域」では、印刷業界ではビフォーコロナの時期から主に「マーケティング・サービス・プロバイダー」(MSP)と「ビジネス・プロセス・アウトソーシング」(BPO)の2つの事業領域への転換が進行していることを紹介しました。そして、ウィズコロナ時代にはその大きな流れは変わらず、むしろますます加速するだろうと予想しました。

今回はその2つの事業領域での、具体的事例を紹介したいと思います。特定を避けるため社名等は仮名で、フィクションも入っていますが、大まかな方向性は同じです。

 

まずはできることから~「マーケティング・サービス・プロバイダー」への変革事例

印刷会社の多くの方は、マーケティングというとなんだか難しそう、うちには無理なのでは…と敬遠する向きも多いようです。しかし、何もいきなりコトラーやアーカーの理論全部を実践する必要はありません。できることから始めれば良いのです。
ここでは、そんな「できることから」始めて成功した印刷会社をご紹介します。

中台印刷はメディアの多様化の煽りを受けて印刷の売り上げを減らしている典型的な商業印刷会社でした。顧客からも自社の売り上げを増やしたいとか、ウェブや SNS マーケティングなど、いろいろなマーケティング手法を用いたいと相談してくれるにもかかわらず、中台社長は何から手を付ければ良いのか分かりませんでした。
そんな中、中台社長はセミナーで、「マーケティングの4P」という言葉があるのを知りました。

マーケティングの4P

  1. 価格(Price)
  2. 流通チャネル(Place)
  3. 製品(Product)
  4. プロモーション(Promotion)

この 4 つです。「4P こそがマーケティングの基本である」と聞き、「とにかく顧客の 4P だけは押さえよう」と決意しました。

今までは新製品のカタログの注文があった時でも、見積もりを取って製造して納品して終わりでした。しかし商談で必ず 4P は聞き出そうと心掛け、「新製品の価格戦略は何ですか」「どこの流通に展開するのですか。ネット通販は考えていますか」「製品は競合他社に比べてどんな特徴があるのですか」「カタログ以外にどんなプロモーションをするのですか」などと次々と聞きました。すると顧客の反応が今までと変わってきました。見積もりの話と雑談で 10 分くらいで切り上げていたのが、気付いたら 1 時間、顧客と商品戦略の話をしていました。「中台さんは親身になってうちの会社のこと考えてくれたんだねえ、うれしいよ」と別れ際に言ってくれました。

その新商品のプロモーションは屋外広告から展示会のブース、ウェブでのキャンペーンやDM、チラシまで、実に多岐にわたっていることが分かりました。顧客のことは分かっているつもりでいて、実は自社の印刷物は数ある宣伝物の 1 つでしかないことも分かりました。
その一方で、顧客は販促物をバラバラに発注していて、トータルなプロモーション戦略がないこともはっきりしました。中台社長は決意しました。「あらゆるメディアを駆使して、トータルなプロモーション戦略を提案しよう」と。

消費者の購買プロセスには AIDMA と呼ばれるモデルがあります。

注意→興味→欲求→記憶→行動

―です。そのプロセスごとに最適なプロモーションを顧客に提案しました。例えば「注意」の段階ではティッシュなどの SP グッズの手配りや看板・デジタルサイネージ広告、「記憶」の段階では雑誌やフリーペーパー広告、「行動」の段階では店頭の POP―などです。

それらのプロモーションを連動させて購買に結びつけるプレゼンテーションを行いました。
確かに自社は印刷会社だ。でも印刷以外の販促物は外注すればいい。そう考えた中台社長は、屋外広告会社と業務提携したり、SP グッズのネット通販会社を活用したり、POP やDM などの印刷物も外注しました。

プレゼンテーションは 1 回では上手くいきませんでした。しかし顧客との意見を交わしながら、効果的な販促プランが提案できるようになりました。プレゼン資料もパワーポイントのみならず、あらゆるデータを駆使し、プレゼン用動画も作りました。いつしか中台印刷の営業マンは、プロモーション提案のプロフェッショナルに育ちました。

ついにある自動車用品店から、展示会やセミナーの運営から DM、チラシなどの販促物までのトータルプロモーションを受託しました。キャンペーンは成功し、印刷物の料金ではなく、販促効果の成功報酬を受け取りました。従来の価格競争とは雲泥の差の対価を受け取ったのです。
中台印刷はプロモーションのワンストップ会社として成長を遂げました。印刷が主体のビジネスではなくなりましたが、中台印刷は、業態変革に成功した印刷会社の 1 社として認められています。

 

事業領域の再定義~「ビジネス・プロセス・アウトソーシング」への変革事例

星野印刷社は1951年、建設会社の製図やトレースの会社として創業しました。建設会社までは自転車で 20 分ほどで、毎日原稿を預かっては自社に持ち帰り、製図の青焼き(原稿)をピストン輸送で届けていしたが、ある時建設会社の担当者から「オフィスに空き部屋があるから、そこに青焼きの機械と人を入れてくれたほうが助かるよ」と声をかけてもらったのがきっかけで、顧客のビルに複写機と人員を常駐させてもらうようになりました。いわゆる「インプラント事業」の開始です。

高度成長期とともにその建設会社は急成長し、東京・大手町の大きなビルに移転しました。星野印刷社もそのビルのオフィスの一角に数台の複写機を置き、今や製図だけでなく報告書やプレゼン資料などもコピーするようになりました。スタッフは複写機のメンテナンスからトナーの補充まで手掛け、翌朝必要な企画書なども夜通しでコピーしました。建設会社は大企業になるにしたがって社員の人件費が高騰し、「社員にコピー業務をやらせるよりも、安上がりで助かるよ。社員も本業に集中できるしね」と言ってもらえました。

大きな転機は、小さなきっかけからでした。複写機の業務やメンテナンスで重宝がられていたスタッフが、「会議室の掃除もお願いできないかなあ」と打診されたのです。
スタッフ、つまり星野印刷の社員は星野社長に相談。最初は社員から「複写業務で会社に入ったのに、清掃作業なんて」と反対されましたが、星野社長は「顧客にいかに寄り添えるかがインプラント会社の生死の分かれ目。複写にこだわらず、顧客のあらゆる要望に応えていこう」と号令をかけました。毎朝会議室のゴミを取り、掃除機をかけ、机を拭き、ホワイトボードを綺麗にして、マジックペンやクリーナーを補充しました。

「会議室がいつも綺麗」とクライアント企業の社員からの評判は高まりました。それまで請け負っていた清掃業者はセキュリティに不安があり、社内の機密情報が漏えいしないか不安で、会議室には出入りさせず、朝9時の始業以降は出入りが禁止されていました。その点星野印刷社のスタッフは社員と顔見知りで、複写作業でいつも出入りしているため、安心して清掃業を任せられる。印刷会社の強みであるプライバシーマーク制度の運用も活かせる。顧客の担当者から「会議室だけでなく、オフィス全体の清掃をお願いしたい」と頼まれるのは時間の問題でした。

やがて星野印刷社は顧客のビルのマネジメント全体を任せられるようになりました。ビルの清掃、照明やトイレットペーパーなどの消耗品の補充、新聞や雑誌の掲示、はては文房具の発注や新聞記事のクリッピング業務まで、総務全般のことも行いました。

従来の複写業務もプロフェッショナルに徹しました。複写機メーカーは数社ありますが、どの機種が一番コストパフォーマンスがいいかを調べ上げ、どの場所にどれくらいの数の複写機を置けば効率がいいかも提案しました。トナーの消費量が自動的にグラフ化されるシステムも導入し、複写のコスト最適化を図りました。紙詰まりなどのトラブルはほとんど解決し、複写機メーカーを呼ぶ時間と手間を省きました。

ある講演で、アメリカには「ファシリティ・マネジメント」というビル全体の管理を請け負う業種があることを知りました。星野社長はまさに今やっていることこそがファシリティ・マネジメントであることに気付きました。そこで2018年、社名を「ホシノ・ファシリティ・マネジメント・サービス」に変更しました。これはまさに、いわゆる事業領域の再定義です。星野社長は経営学などを専門に学んだわけではありませんでしたが、顧客志向を追求していたらいつのまにかそれができていたわけです。

消耗品の補充業務から延長し、購買発注担当まで任されるようになりました。何千人の社員の名刺が切れそうになった時は、社員が社内システムのクリックを押すだけで受注、複写機で1時間で名刺を製作して社員に届けるサービスを開始しました。顧客ビル内にプリプレススタッフを置き、複写機でできるものは内製化し、できないものは最適な印刷会社に外注しました。
こうして建設会社の会社概要からカタログまで、1部から数十万部まで請け負うことになりました。同様のサービスを全国の支店のビルでも開始しました。
星野社長はその後、ファシリティ・マネジメントの手法を一部上場のあらゆる企業に提案することを思いつき、実際に着々と実行に移し成果を上げました。

 

アフターコロナ時代への適合

コロナショック以降、印刷業界でもリモートワークが進んでいます。しかしネットワーク化を自社の業務改善にのみ利用するのでは、他社との差別化が図れません。今後はネットワークを顧客との関係管理や受発注システムに活用することで、顧客の囲い込みにつなげたいものです。
例えばマーケティング・サービス・プロバイダーの場合、顧客企業からその会社の顧客リストをデータで預り、MA(マーケティング・オートメーション)などのツールを駆使すれば顧客企業に赴かずにマーケティング支援を行うことができます。

ビジネス・プロセス・アウトソーシングにおいては、名刺・封筒から電球・トイレットペーパーまでの在庫を顧客企業とクラウドで共有し、ネットワークで受発注システムを構築してしまえば、顧客の業務改善を行い、囲い込みにつながります。
また、ファシリティ・マネジメント事業はどうなるでしょうか。在宅勤務やテレワークを行う人が増えたことで、多くのオフィスはダウンサイジングしていくかもしれません。しかしその一方で、住居と職場を分けたい、というニーズがより強く意識されるようになりました。そこで、長時間通勤しなくても通える、近場の手ごろなシェアオフィスやコワーキングスペースへの需要はむしろ高まっているようです。要すれば、ファシリティ・マネジメントという仕事自体が無くなることはなく、これらの新しい形のオフィスにも適合していく必要がある、ということです。

 

コロナの時代も「顧客中心」には変わりない

MSPとBPO事業者の2社を取り上げました。マーケティング論のセオドア・レビットは「顧客中心でなく製品中心の会社はいずれ衰退する」という趣旨の発言をしています。MSPは販促支援という「攻め」、BPO事業者は業務効率化支援という「守り」かもしれませんが、顧客のために何ができるのか、ということが原点にあります。
前回のコラムでもふれたとおり、コロナショックにより特にイベント自粛が起こり印刷会社は苦境に陥っています。しかし自社の苦境を嘆く前に、顧客がどんなことに困り、苦しんでいるのかを見極め、相談に乗ることこそが、コロナ時代を生き抜く鍵なのではないでしょうか。

 

BRANDINGLAB編集部 執筆
株式会社イズアソシエイツ

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