「リゾート運営の達人」をコンセプトに掲げ、数々のリゾートを復活させてきた「星野リゾート」。国内に35拠点、海外にも2拠点を持ち、2022年には大阪に都市観光ホテルを建設することも発表しています。今回は星野リゾートについて解説します。
星野リゾートの教科書
星野リゾートは、1914年に初代星野嘉助氏が軽井沢に星野温泉旅館を開業したのが始まり。現代表である星野佳路氏は大学を卒業後、ホテル経営について学ぶために渡米し、1986年にコーネル大学ホテル経営大学院で修士号を取得。帰国後の1991年には4代目として星野温泉旅館の社長に就任しています。
星野温泉旅館の経営からスタートした星野氏ですが、次第にリゾート運営に特化した戦略へと展開していきます。そして創業から100年経った今では、ホテル宿泊客満足度調査※で1位となり、星野リゾートはホテル・旅館運営のトップブランドの地位を確立しています。
※株式会社J.D. パワー アジア・パシフィックが行なった2016年日本ホテル宿泊客満足度調査(1泊15,000円~35,000円未満部門)
2001年頃からリゾート再生事業に本格的に着手していきますが、どのようにして、数々のリゾートを復活させることができたのでしょうか。その成功の背景にあったのは、マーケティングやブランディングの教科書の実践です。
「星野リゾートの教科書」という書籍の中で、
「教科書に書かれていることは正しく、実践で使える」と確信している
(出典:星野リゾートの教科書)
と星野氏は語っています。
特に学術的かつ実践して結果を出している研究者の書籍が役に立つと言います。
例えば、現代マーケティングの第一人者として知られるフィリップ・コトラーの「コトラーのマーケティング・マネジメント 基本編」やブランド戦略の専門家であるデービッド・A・アーカーの「ブランド・ポートフォリオ戦略」などがそうです。
そうしてインプットされたものが、星野リゾートでどのように実践されているのかを見ていきましょう。
競争から抜け出すための戦略
星野リゾートが、コンセプトやサービスの方向性を決めるために用いているのがアメリカの経営学者であるコトラーの理論です。コトラーは、競合と自社との競争関係を踏まえてマーケティングを進めていくことを提唱しています。
企業の競争関係は4つに分かれていて、トップシェアであるリーダー、リーダーに攻めていくチャレンジャー、追撃するフォロワー、小さい市場でトップを目指すニッチャーとなっています。
その中でも、星野リゾートはニッチャーとして、独自性を発揮し競争から抜け出すのに長けていて、北海道のリゾート施設「アルファリゾート・トマム」は「ファミリー向けのスキーリゾート」というニッチ市場で再建を果たしました。
こうしたリゾートの再建ももちろんですが、星野リゾート自体が大手外資系ホテルが参入しない旅館経営で拡大しているのも、その証拠です。
徹底したコンセプト設計
「リゾート運営の達人」を企業のコンセプトに掲げている星野リゾートですが、大きく分けて3つのリゾートブランドを運営していて、それぞれのコンセプトを明確に分けています。
「星のや」
圧倒的な非日常感を演出する
日本発のラグジュアリーな和の滞在体験
「現代を休む日」
「界」
地域の魅力を再発見
心地よい和にこだわった上質な温泉旅館
「王道なのに、あたらしい」
リゾナーレ
洗練されたデザインと
豊富なアクティビティを提供する リゾートホテル
「大人のためのファミリーリゾート」
コンセプトは現場が決める
コンセプトは経営層が決めるのではなく現場の従業員が主体性を持って決めることを重要視していて、2009年に運営を開始した「タラサ志摩」では、従業員の半数が参加したコンセプト委員会を設置し、結論が出るまで2ヶ月を要しました。
これはアメリカの経営学者ケン・ブランチャード氏とシェルダン・ボウルズ氏の書籍『1分間顧客サービス』の記述に基づいたもので、「従業員がコンセプトに共感していれば、そのコンセプトを実現しようと、その理想に近づこうとし、自ずとモチベーションも上がるため、従業員がコンセプトを決めるべきだ」という理論です。
また、コンセプトとともにターゲットも絞りこむことで提供するサービスの可否も判断できるようになります。例えば、「非日常感」をコンセプトにしている「星のや」の客室にはテレビや時計を置いていません。それが「星のや」のコンセプトであり提案だからです。そしてそのコンセプトに共感してくれる人だけをターゲットにしているため、テレビが欲しいという要望に応える必要がないのです。
必要なサービス、不要なサービスが明確になることで、無駄なサービスを増やすことがなくなり、コストを省くことができます。そして他社との差別化も実現しているのです。
コンセプト作りにおいては地域の特色を活かすことも重視していて、Webサイトの写真を見るだけでそれぞれの旅館の独自性が出ていることがわかります。
顧客満足度を高めるポイント
星野氏の社長就任時はリゾート法が施行された後で、大規模なリゾート施設の開発ラッシュにより老舗旅館には不安が広がっていました。星野温泉旅館にとっては、リピーターを増やす戦略が最適と考え、顧客の満足度を重視するようになります。
サービスを改善し顧客満足度があがるにつれリピーターが増加。1年に必ず1回は来るお客や、50回近く訪れているという常連客など、メディアでもリピート率の高さが度々取り上げられるようになりました。
そうしたリピーターに「質の高いおもてなし」、「接客がでしゃばり過ぎず、きめ細かい」と言われる定評のサービスはどのようにできあがってきたのでしょうか。
そのポイントの一つがアンケートです。1994年からはじめた顧客満足度についてのアンケートでは、さまざまなサービスに対して満足度を7段階に分けて行い、「非常に満足」が50%になることを目指しています。こうした客観的な評価をもとに専門の分析チームが接客や料理、設備などサービスの改善を進めていきます。
そして、社員のミッションにもなっているのが、お客の「気づき」を集めること。例えば、お客が食事でみそ汁をおかわりしたことや、生野菜のサラダが好みであることがわかれば、従業員が顧客管理システムへデータを入力していきます。次回の宿泊時には事前に生野菜を食事に追加したり、みそ汁は大きめのお茶碗を使ったりします。さらに、その顧客データを見て作戦会議を行い、お客一人一人に合わせたサービスの提案も行なっています。
また、「ミスを憎んで、人を憎まず」というキャッチコピーのもと「ミス撲滅委員会」を設置。積極的にミスの情報を集めることで、再度ミスを起こさないような取り組みも行っています。
このようにお客のニーズを的確に掴み、きめ細かいサービスを提案している星野リゾートですが、なぜこれを実現できたのか星野氏は次のように語ります。
日本のホスピタリティは世界でも素晴らしい。
それは女将という存在がいたからなんです。私たちが今このシステムでやっていることは、
女将がやってきたことをみんなでできるようにしようとしたもの。お客一人ひとりの癖や好みを自分の記憶の中で把握して
その人が来た時にパッと提供するんです。(出典:カンブリア宮殿 2010年2月1日放送)
社員が満足すれば顧客満足度も上がる
星野リゾートでは、従業員に裁量権を与え、自分で考えて動くように教育しています。自由にお客に提案して、お客に褒めてもらうことで、さらにサービスが良くなる循環が起こっています。今後もますます星野リゾートのサービスは磨かれていくでしょう。
今回は星野リゾートがいかにマーケティングやブランディングを実践してきたかを見てきました。是非、参考にしてみてください。
参考
・星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則(日経BP社)中沢康彦著
・カンブリア宮殿 2010年2月1日放送