しかし、2020年のCOVID-19による感染症問題発生以降は、近隣レジャーを楽しむ生活スタイルに外部環境が変化したことなどを受けて、業界全体の業績が再び伸び始めています。
これに伴い、業界の競争はさらに激しさを増してきています。
前述のとおり、一時期は業界全体の需要が止まり、成熟化していた業界です。
そのため、業界が成熟化した2014年以降は、それぞれの企業の弱体化を補うかたちでの救済型合併や相互補填型の経営統合などのM&Aが行われていました。
その後のCOVID-19による感染症問題による特需成長が発生して以降は、伸びる企業と弱体化していく企業の二極化が進み、伸びている企業が更なる成長と寡占化を目指したかたちで、弱体化した企業を飲み込んでいくという、弱肉強食型のM&Aが増えてきています。
今回のカインズ社の東急ハンズ社に対するM&Aも、それに近いかたちのものでしょう。今回の感染症問題で最も影響を受けたのは特に都市部の店舗です。
さらに、東急ハンズの主要顧客は若年層です。これは、主な取り扱い商材が、流行を牽引するものや感応性の高いものであることが関係しています。
バイヤーの目利き力で感性に訴えかける商材を仕入れ、店舗起点でマーケティングやブランディングを仕掛けていくという、東急ハンズのこれまでの勝ちパターンが感染症問題の影響で崩されたことは、痛恨の一撃となったことでしょう。
また、この世代においては、感染症問題でアルバイトの縮小などを余儀なくされてしまい、可処分所得が減少したことも関係があります。なおかつ外出を控える傾向があったため、東急ハンズとしての経営に与えるダメージは大きかったのではないでしょうか。
ちなみに東急ハンズの2021年3月期実績の売上高は619億円です。営業利益が44億円の赤字となっています。
感染症問題が発生する前の2019年3月期実績では、売上高960億円、営業利益70億円でしたので、この問題によって業績が相当落ち込んでいることが見受けられます。
カインズ社は、前述の業績説明のとおり、むしろこの感染症問題の影響がプラスになった企業です。これは、地方・郊外型企業であり、主要商材が基本的に生活に直接関係するものであり、なおかつ主要顧客もファミリー層であることが大きいでしょう。
カインズ社は、地方・郊外型企業であるがゆえに、都市部への進出がまだ十分にできているとはいい難いところでした。
また、主要顧客がファミリー層であるがために、若年層に対してはブランド力が不足していたのも、否めないところでしょう。
今回の東急ハンズ社へのM&Aは、その点を補う組み合わせです。
ここで、それぞれの企業のポジションについて、図で表してみます。用いるフレームワークは、ポジショニングマップです。
東急ハンズ社・カインズ社について、小売業において基本となる、店舗配置傾向と、顧客単価についてのポジショニングマップを確認してみます。
その結果、下記のようになりました。
東急ハンズ社の店舗立地は、基本的に都市部が多くなっています。都市部は出店コストが高い上に店舗面積が限られているため、取り扱い商材のアイテムについても厳選し、可能な限り商品単価を上げて、顧客あたりの買い上げ点数が限られていても、購買客単価を上げていく必要があります。
これに対して、カインズ社は地方・郊外の店舗が多いため、出店コスト自体はそこまで大きくありません。店舗面積にも比較的余裕があるため、取り扱い商材のアイテムをできる限り豊富にそろえ、可能な限り商品単価を下げて、顧客あたりの買い上げ点数を増やして購買客単価を上げていく必要があります。
では、次に各社の商材内容と顧客セグメントをポジショニングマップで確認してみます。
その結果、下記のようになりました。
東急ハンズ社は都市型の店舗配置の特性上、単身世帯向けの生活を豊かにするバラエティ雑貨の取り扱いが多くなっています。不要不急のものではありませんが、オシャレで個性の強い商品を取り扱うことで、単身世帯の生活満足を上げるアイテムを多く取り扱いしています。
これに対して、カインズ社は地方・郊外型の店舗配置の特性上、ファミリー層向けの生活上に必要となる日用品の取り扱いが多くなっています。不要不急のものも多く、生活実用性の高い商品を豊富に取り扱うことで、ファミリー層の生活インフラの役目を担えるようなアイテムを多く取り扱いしています。
このように、東急ハンズ社とカインズ社では、双方のビジネスモデルにおける領域がほとんど真逆に近く、補完的関係性としては、非常に有用性のある組み合わせだと言えることでしょう。
ただ、実際の経営の統合については簡単ではないと思われます。
それは、店舗に対する経営方針の差によるものが大きいと思われます。
カインズ社は、地方・郊外に多くの店舗を保有しています。これらの店舗については、本社がきちんと各店舗を連携させ、できる限り顧客を囲い込む方向性をとります。
そのため、各店舗の間の距離は小さく、できる限り特定地域に集中出店させていくという、店舗戦略をとることになります。
これが、エリアドミナント戦略と呼ばれるものです。
国内の大手小売業、特に大手のコンビニエンスストアチェーン店は、これを重点的に行っています。
後編では、ブランド管理とM&Aに伴う対処事項について検討していきたいと思います。
■武川 憲(たけかわ けん)執筆
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパート認定トレーナー
株式会社イズアソシエイツ シニアコンサルタント
MBA:修士(経営管理)、経営士、特許庁・INPIT認定ブランド専門家(全国)
嘉悦大学 外部講師
経営戦略の組み立てを軸とした経営企画や新規事業開発、ビジネス・モデル開発に長年従事。国内外20強のブランド・マネジメントやライセンス事業に携わってきた。
現在、嘉悦大学大学院(ビジネス創造研究科)博士後期課程在学中で、実務家と学生2足のわらじで活躍。
https://www.is-assoc.co.jp/branding_column/