前編に引き続き、クラフトビールブームの先駆者で、日本を代表するクラフトビール「よなよなエール」を生んだ、ヤッホーブルーイング(以後ヤッホー)のブランディング術を紹介します。
転機となったチームビルディング
井手氏は、社長に就任した2008年に「2020年までにビール市場のシェアの1%を獲得する」というビジョン(目標)を掲げていました。
しかし、社員には響いてなかったようで、将来の夢を聞いても「毎年黒字」「製造能力いっぱいに醸造してみたい」などの返答で、意識のズレを感じていました。
また個々人の仕事はうまく回っているが、「自分ができる範囲の仕事はやるけど、ほかの仕事はやりたくない」といった雰囲気があり、会社の中に「チーム」という意識は弱かったようです。
井手氏は当時を振り返り次のように話します。
僕は「新しい売り方に挑戦しよう!」と考えてプロジェクトチームをつくり、「あなた、お願い」と四~五人指名したんです。ところが、興味がない、忙しい、賛成していない、さまざまな理由で、なかにはまったく動かない人がいて、全然進まない。会議で宿題をやってこない。それどころか、やりたくないから「こんなことしても意味ないんじゃないの?」といった発言をして、計画の邪魔をしようとするんです。
(出典:「ぷしゅ よなよなエールがお世話になります
―くだらないけど面白い戦略で社員もファンもチームになった話」出典先は以後同様)
ビジョン(目標)を共有できていない組織に危機感を持った井手社長は、「チームビルディング※」を進めていきます。
※一般的に、チームビルディングとは仲間が一丸となり1つのゴールにチャレンジしていく組織をつくるための取り組み
「2020年までにビール市場のシェアの1%を獲得する」という目標のためには、社員が増える前の、このタイミングしかありませんでした。
チームビルディングは、井手氏が外部で学んだ講座をそのまま社内に持ち込みました。
具体的には
- チームとは何かを座学で学ぶ
- 実際にチームをつくって共同作業にチャレンジする。
の2つです。この共同作業は、例えば「全員がフラフープに人差し指をつけて地面まで下げていく」といった課題を力を合わせてクリアしていきます。チームがぎこちないと難しいが、チームワークがあれば簡単にクリアできるというのがミソです。
このチームビルディングによって、気づかされたことは、「お互いの個性がお互いを補うことで最高のチームができる」ということでした。
チームビルディングの効果
結果としては、次のような効果がありました。
- 社員それぞれがお互いの得意なことを知ることができた。
- 得意なことがわかっているので役割が明確になり、プロジェクトにも積極的に参加してくれるようになった。
- 帰属意識が高まった。
- チームを組んでいた者同士、垣根のない意見が言えるようになった。
- 離職率が低下した。
そして、このチームビルディングの後から売り上げが爆発的に伸び始めたのです。
ヤッホーのミッション
ブランド・マネージャー認定協会では、ブランド戦略浸透によるメリットの一つに、企業にとって「自社内の意思統一と社員モチベーションの向上」があると言います。
自社内の意思統一と社員モチベーションの向上
強く、好ましい、ユニークなブランドの確立は、消費者・顧客だけでなく、
自社内にもポジティブな反応を引き起こします。
自社ブランドが実現しようとする価値と、社員との一体感が高まります。
ヤッホーでは、チームができあがった後に共通の価値観となるミッションを決めていきました。
その理由を井手氏は次のように話します。
例えば、ビールを世に出すまでには、ネーミングや、醸造方法や、販売方法など、さまざまな選択肢のなかから「これだ!」と言えるものを選んでいく必要があります。
(中略)
しかし、会社には、年齢も性別も異なるさまざまな社員が所属しています。もちろん、社員は人間として、それぞれ価値観を持っているでしょう。それは異なってもよいと思います。でも仕事にかかわる場面では「僕たち、私たちならこうするよね!」という価値観を共有していなければなりません。
ヤッホーのミッションは、「大手の画一的な味しかなかった日本のビール市場に、バラエティを提供し、新たなビール文化を創出する。そして、ビールファンにささやかな幸せをお届けする」に決めました。一言で表すと「ビールに味を!人生に幸せを!」です。
イベント「宴」について
ヤッホーが実現したいミッション「ビールに味を!人生に幸せを!」と企業文化である「知的な変わりもの」を体現するのが「宴」というイベントです。
チームビルディングの効果で、ヤッホーのビールを友人や家族に広めてくれる「伝道師」と呼ばれるほどの熱心なファンも増えてきました。こうした人たちと話してみると、熱心なファンになったきっかけの多くは「スタッフとの接触」でした。
そこで、直接スタッフとファンが触れ合えるイベントとして「宴」を行うことを決めると、発表と同時に申し込みが殺到しました。
チームビルディングを経て、ミッションを共有した社員、ヤッホーに共感し、大阪や北海道など全国から集まった熱狂的なファンが一緒に乾杯するイベントが盛り上がらない筈がありません。
実際のイベント開催時には、井手氏のもとにファンが集まり、
「わー、てんちょー!一緒に撮影していいですか?」(「てんちょ」とは井出氏の愛称)
「握手してください!」
など、ビールメーカーのイベントとは思えない光景が続きます。もちろん、ヤッホーのビールがいかに好きかを話したいといった方もいました。
イベントを通してこうしたファンとの楽しい時間を共有することで「チームは、社内を超えて、お客にも広がっている」と井手氏は言います。
現在もイベントは定期的に行われていて、2017年5月には北軽井沢で「超宴」を開催し1000人が集まりました。今年の秋には神宮外苑軟式球場で開催されます。
『よなよなエール』を飲むことによって得られるベネフィット
イベント「宴」の後、井手氏はブランド論やマーケティング論研究の第一人者である田中洋氏と次のように話す機会があったそうです。
このイベントのあと、田中洋先生と話すと、彼は一気に手書きの図を書きあげてくれました。『「よなよなエール」を飲むことによって得られるベネフィット』というタイトルで、結論として、五つの「効果」が示されています。
・共感する
・理想像の実現
・自己確信
・癒される
・仲間をつくる
こうしたベネフィットは、ただ美味しいビールを飲んだだけでは得られない「情緒的価値」と言えます。ヤッホーは創業してから今日まで常に順調というわけではありませんでしたが、日本に新しいクラフトビールを根付かせるという想いは一貫していました。その想いが社員だけでなくファンをもチームの一員にさせたのだと思います。是非参考にしてみてください。
参考文献
東洋経済新報社 『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります―くだらないけど面白い戦略で社員もファンもチームになった話 』