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Branding Method

ブランディングは「攻める」だけでなく会社を「守る」大役がある

投稿日:2021年1月12日 更新日:

先日、週刊文春で、普段私は利用しないサービス業の記事を目にしました。東証一部上場の企業で、家賃保証をするCasaという会社の不祥事です。家賃決済を代行するサービスで業界トップクラスらしく、2008年の創業以来、連続で増収を達成し続けており、上場するところまで成長。2020年1月期決算時点では、売上高94億円、営業利益15億円、自己資本比率52.7%という素晴らしい財務(カネ)基盤をこの12年で築いてきた経緯がうかがえます。

https://www.casa-inc.co.jp/(株式会社Casa ホームページ)

しかし、人材(ヒト)で成り立つこのサービス業(モノ)の急成長の裏側には、社員を鼓舞する社長の姿ではなく、罵倒する社長の姿が常態化していました。記事は元社員の内部告発により発覚しましたが、この週刊文春による報道を受けて、ネット上では大炎上となったそうです。

「ぶち殺すぞ」「電車に飛び込め」東証一部上場「Casa」社長の“罵倒音声”
https://news.yahoo.co.jp/articles/fb74bb80123be9cb4fdbedef10662c792af12a29

~引用を一部抜粋~
“家賃保証会社とは、賃貸住宅の入居契約時に、入居者の連帯保証人を代行する会社だ。家賃の未払いが発生した際には、入居者に代わり家賃保証会社がオーナーに立替払い(代位弁済)を行い、後日、入居者から回収する。
近年、連帯保証人を立てにくい入居者や、家賃滞納リスクを避けたいオーナーが増え、家賃保証会社を利用するケースが多く見られるようになった。民法改正の影響もあり、家賃保証業界は、注目を集めている業界だ。“

強い財務基盤を持つ企業ですが、今回の報道により資金調達に懸念が生じたことを受けてか、三井住友信託銀行から追加出資が行われることが報告書に記載されています。

(Casaについて、三井住友信託は保有割合が増加したと報告 [変更報告書No.4])
https://s.kabutan.jp/news/n202012100358/(Kabutan ホームページ)

家賃決済及び関連サービスを含む業界全体として、社会への認知・浸透が徐々に進み、順調に利用者が伸び始めていた矢先、この一連の報道を受けたことで業界全体のイメージがマイナスに転じ始めました。これは、報道内容が過激化したことで様々な憶測を呼び、既にこの業界のサービスを利用すること自体が危険であるという印象が拡散。その結果、同業界に属している企業のブランド・イメージも悪化したであろうと推察されます。その理由に、同業他社の株価は翌日から軒並み大幅に下落した経緯があり、となりの火事が飛び火した全くもってえらい迷惑な話ではないでしょうか。

若干話はそれますが、過去にネットでの“炎上”が原因で売上が低迷した企業があります。会員制サービスを展開する教育産業のベネッセは顧客の情報流出が発端でした。信頼性が非常に高いベネッセブランドは、私も含め多くの人が利用したことのあるサービスではないでしょうか。そんな信頼性の非常に高い企業ブランドが、不祥事の対処の仕方で消費者の企業に対するイメージは180度変貌し、ネットで大炎上しました。その結果、炎上発生年度の決算時点で会員数が30%弱減少し、売上が20%程度ダウンしたと聞いています。

更に、ベネッセの牙城であった教育産業でしたが、ブランドの信頼性を失ったことで異業種であるリクルート社が機会を逃さず同市場に参入。あっという間にシェアを獲得してしまいました。ビジネス領域が他社に奪われてしまうとなると、その回復には数年単位の時間がかかるのではないでしょうか。

ほか海外の例では、2017年4月に米ユナイテッド航空の搭乗時トラブルでネットが炎上したことがありました。私も海外での仕事で使う機会はありましたが、この事件以来は遠のいています。この事件で、持株会社であるユナイテッド・コンチネンタル・ホールディングスの株価が急落し、たったの2日間で10億ドル以上の企業価値が損失する事態となりました。
私はSNSマーケティングの専門家ではございませんが、改めてSNSによる脅威を思い知らされた内容でもありました。ブランドによる信頼を築くのは大変ですが、失うのは一瞬。

改めて今回の事件について、これは決して対岸の火事では無いことが確認できます。自社と同じ業界で、もしこのような不信感を抱くような不祥事があった場合、業界全体の信頼性が損なわれ、その結果、全く関係の無い自社に飛び火し、場合によっては自社の経営状態に悪影響を及ぼす危険性があるかもしれません。

そんな飛び火に対する火災保険ともいえる策に、企業のブランディング活動があります。

ブランディングを「攻め」として志向する企業は多くございますが、改めて「守り」としてとても効力を発揮する企業の見えざる資産であることを知ると良いかと思います。ブランドは顧客・消費者の心の中に宿り、普段なかなか確認することが難しいですが、どのように顧客・消費者の心に宿り、良いイメージとして昇華して信頼性を高めていくのか、そのメカニズムを消費者の購買行動と照らし合わせながら確認します。

顧客や消費者はどの様にしてブランドに対する信頼性を高めていくのか、それは場面場面で企業が提供するブランド体験(ブランドのコンタクトポイント)の提供価値によって醸成されていきます。企業は顧客と接触するすべての“面”でブランドを容易に想起させ、良いイメージを持ち続けてもらえるように意図的・戦略的な設計が必要となります。それは緻密であり、ブランドとしての一貫性が担保されながら継続的に実施することで顧客・消費者の心の中にそのブランドに対する信頼性が宿ります。

ベネッセのように、人が生まれてから息をひき取るまで生涯付き添えることのできる信頼性の高いブランドが、不祥事の対応評価が悪かったために、落胆と共に裏切られたというショックは大きかったのではないでしょうか。そして、最近ではマーケティングでも当たり前の様に注視されるSNSが、炎上をより加速させる突風要因ではあることは推測できます。

そこで、前述にあるCasaの不祥事が一気に炎上広まった経緯を、顧客・消費者の購買行動モデルの一つである“AISAS”を用いてどの様に炎上したか簡単に整理してみました。

AISASは、2005年に電通が提唱したマーケティングのフレームワークです。デジタルマーケティングに適しており、SNSが普及した現在では、昔から有名なAIDMAの法則と並ぶ知名度になりつつあります。既にご存じの方も多いかもしれませんが、AIDMAは消費者の購買行動モデルを可視化したものになっています。

< AIDMA イメージ図 >

Attention        情報を見て、商品を知る
Interest           商品を知った消費者が、興味や関心を持つ
Desire             感情的に商品が欲しくなる
Memory          商品やブランド名を記憶する
Action             行動・購買する

これに対しAISASは、デジタルマーケティングの実態により即したものとなっており、AIDMAと比較すると、「検索」や「共有」という概念が特徴的です。

< AISAS イメージ図 >

AIDMAとAISASの違いは、AIDMAはどちらかというと一方通行的な購買行動の流れになるのですが、AISASは例えばSNSを用いて循環型に購買行動が流れることが多く、結果として、ちょっとした事象の発生から、一瞬で拡散まで至りやすい傾向にあります。
そのため、今回のCasa社のような報道があると、割と短期間で大炎上にまで至る危険性が高いのです。

今回のCasa社の炎上騒動を、具体的にこのAISASに当てはめてみるとこんな感じではないでしょうか。

Attention    文春オンラインの報道で、Casa社と家賃保証サービスを知る
Interest      報道を知った消費者が記事に興味・関心を持つ
Search         Casa社や業界実態を検索・調査する
Action          報道内容を拡散する
Share           拡散された情報を共有し、追加情報を更に増やして再拡散させる

まさに私のこの行動そのものではないでしょうか。
AISASのイメージ図通り、文春オンラインのCasa社の報道以降は、AISASの繰り返しによる増幅効果で、炎上度合いが増していったように見受けられます。

今回の一連の騒動によりCasa社のダメージは甚大だと推測できますが、やはり一番悩ましいのは前述通り飛び火による業界全体のイメージが悪化したことではないでしょうか。業界全体のイメージが悪化した結果として、同業他社も今後は営業活動が行いにくくなり、当面の間は、自社のサービスの高い品質性の訴求より会社としての健全性をアピールするかたちの営業を強いられることが想定できます。

そんな時、改めて皆様の会社のブランドはどのようなイメージでしょうか。正確に言うと、顧客・消費者の心の中で抱かれている皆様の会社のブランド・イメージはどのようなイメージでしょうか。つまり、会社のブランド・イメージは会社が抱くものではなく、顧客や消費者が抱くものであり、会社が勝手に思い込む、決め込むのとは意味が違います。しかしながら、会社としては顧客にどのように思われたいのか、そのイメージはあるかと思います。そのイメージ通りに顧客・消費者は抱いているでしょうか。また、もし今回の事例のような業界不振が起きたとき、自社は業界イメージを回復するに値するブランドけん引力をお持ちでしょうか。場合によっては競合と協業し、業界全体のイメージ回復のための活動を行うことも必要になるかもしれません。

改めて、企業のブランディング活動は企業の生死を分かつ重要な働きをします。継続的なブランディング活動を行い、顧客からの厚い支持を獲得することに成功していれば、自社というミクロでなく業界というマクロに逆風がきても回復に時間はかからないでしょう。また、危機的な場面でも異業種参入による市場シェアを奪われる心配も軽減でき、むしろ自社のシェアを増加させる機会へと変えられる可能性があります。そのためにも、外部に向けた販売促進やPRによるブランディングだけではなく、ブランドそのものを体現する会社の従業員にもフォーカスする必要があります。

あらゆるコンタクトポイントで全社的に顧客・消費者へブランドとしての価値を提供している企業こそ、いざという時に強いブランドを構築している企業と言えるのではないでしょうか。ぜひとも、外向け(攻め)だけでなく、社内向け(守り)のブランディング(インターナルブランディング)も実施し、顧客に選ばれる企業ブランドを創り上げてください。

武川 憲(たけかわ けん)執筆
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパート認定トレーナー
株式会社イズアソシエイツ シニアコンサルタント
MBA:修士(経営管理)、経営士、特許庁・INPIT認定ブランド専門家(全国)
嘉悦大学 外部講師

経営戦略の組み立てを軸とした経営企画や新規事業開発、ビジネス・モデル開発に長年従事。国内外20強のブランド・マネジメントやライセンス事業に携わってきた。現在、嘉悦大学大学院(ビジネス創造研究科)博士後期課程在学中で、実務家と学生2足のわらじで活躍。
https://www.is-assoc.co.jp/branding_column/

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