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ノートルダム大聖堂火災とその後の動きに見る、フランスのアイデンティティ

大規模な火災で甚大な被害を受けたフランスのノートルダム大聖堂の再建に向け、支援の動きが世界に広がっています。フランスのメディアは、これまでに表明された寄付の総額は日本円で1000億円近くに上ると伝えています。

フランスのパリ中心部にあるノートルダム大聖堂では15日、大規模な火災が起き、高さ90メートル余りのせん塔が焼け落ち、屋根の3分の2が崩れる甚大な被害が出ました。

フランスのマクロン大統領は日本時間の17日未明、テレビ演説を行い、「大聖堂をこれまで以上に美しく再建させる。5年以内に成し遂げたい」と訴え、国民に協力を呼びかけました。

フランスでは寄付の動きが急速に広がっていて、高級ブランドを傘下に持つ企業グループや、大手化粧品メーカーの創業者、石油会社などが巨額の寄付の意志を表明しています。

NHK NEWS WEB 2019/04/17
ノートルダム大聖堂 再建へ1000億円近い寄付表明 世界各地から

ご存知の通り、日本でも有名なノートルダム大聖堂が大規模な火災に見舞われた。火災が発生した15日から2日も経たぬうちに、大統領は「5年以内に再建する」と並々ならぬ意気込みを表明した。支援の輪はすでに世界規模で広まっている。この大きな流れの背景にあるのは、“フランスは文化の国である”という概念ではないだろうか。試みにこれを要素分解してみよう。ポイントは3つある。

①フランスは“文化の国“であるというイメージは世界的に普及している。
②フランスは自国のそのイメージに忠実に行動した=“文化の国”であるということはフランスのアイデンティティでもある。
③世界もそのイメージに沿って行動した。

フランスが文化の保護育成を重んじることは、そもそもルネサンス以来の伝統的な国策だが、現代においてその方向を決定づけたのはかの有名なシャルル・ド・ゴールである。ド・ゴールは1959~1969年の10年の長きにわたって大統領の職にあり、59年に文化省(現在の文化・通信省)を設置、初代文化大臣には小説家を任命した。第二次大戦後の復興期にあって、文化によってフランスの威信を世界に発信しようという狙いだった。“文化の国”は勝手に誕生したわけではない。フランス人が自国をそういう国にしようと意図し、継続的に行動した結果だ。“国家ブランディング”という言葉をまれに聞くが、ことフランスの文化政策を見ていると“国家”もブランディングの対象になり得るのだと思われてくる。

マクロン大統領を始めとしたフランス人自身の迅速で精力的な行動は、“我が国は文化を大切にする国である”という強い意志に基づくものだろう。
そのフランスの重要な文化財が火災に見舞われた。少し不謹慎かもしれないが、この事件がもしアジアやアフリカの小国での出来事であったら(たとえ国宝や世界遺産であっても)、このように急速に支援の輪が広まることはなかったのではないだろうか。

 

BRANDINGLAB編集部 執筆
株式会社イズアソシエイツ

 

 

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